【最新】ヒカキン(HIKAKIN)とは?詳細プロフィールを徹底調査!

ヒカキンのプロフィール

・本名 開發 光(カイハツ ヒカル)

・生年月日 1989/04/21

・血液型 O型
(性格は几帳面でA型に間違われるO型)

・出身 新潟県妙高市

・身長174センチ

・体重 上京当時62キロ→66キロ→現在79キロ(最高体重は81キロ)

・得意科目 国語・音楽・体育

・苦手科目 数学・英語・理科

・好みの芸能人 石原さとみ・吉高由里子

本名が超珍しすぎる

開發という名字は本名です。
同じ名字の人は日本に70人しかいないそうです。

HIKAKINの出身地新潟県には、およそ10人。(10人って家族と親せきだけじゃないのか!?)
同姓同名の人は、日本でなんと0人!!とっても珍しい名前ですね。

本名がばれてしまったきっかけはUUUM株式会社が東証マザーズに上場した際に株主名簿に本名と大体の住所が記載されていてばれました。

youtuberが職業として認められ話題になりましたが、この時いろんな意味で話題になったのがyoutuberの本名や住所でした。

ヒカキンの子ども時代

新潟県妙高市出身のヒカキン(HIKAKIN)。

どんなところかというと人口は約32000人で長野県に近い新潟県で幼いころのヒカキンの写真を見ていると、かなりのどかなところで育ったようです。同じ出身の有名人はクロスカントリースキー選手がおり、ウィンタースポーツが盛んな町だったようですね。そのような環境で育ったヒカキンは小学生のころから高校生のころまでスキージャンプに熱中していたそうです。小学生の頃の夢は、スキーでオリンピックに出ることと語っています。

交友関係は同じくyoutuberのますおと幼馴染で保育園から高校生のころまで、ずっと一緒で仲が良かったようです(^^♪ ヒカキンの動画にもよく一緒に出ていますし地元に帰省している動画でも仲がいいのがうかがえます。
ますお曰く高校生の時のヒカキンは、よくビートボックスをしていてビートボックスのサイトの立ち上げもしていたようです。そして筋トレもかなりしていたそうで体型はかなりマッチョでした。

ヒューマンビートボックスを始めたのは小学生の時!?

ヒカキンがビートボックスを始めたのは小学5年生か6年生のころネプチューンのテレビ番組、力の限りゴーゴゴーの人気コーナーのハモネプを見たのがきっかけだったそうです。懐かしい!!

人気だったユニット、RAGFAIRやアカッペラーズはプロデビューも果たすほどレベルが高く一世を風靡した番組でしたね。

それからはヒューマンビートボックスをyoutubeを見て練習し研究を重ね今のようなレベルの高いパフォーマンスでできるようになったそうです。世界ではヒューマンビートボックスのイメージが強いヒカキンですが、始めたのが小学生というから驚きです。サッカーや野球が好きな小学生は、なんとなく分かりますがビートボックスにはまる小学生って中々いないんじゃないかな。小学生以来はまっているなんて好きなことに熱中する才能もあるんですね。

ちなみにヒカキンが憧れるヒューマンビートボクサーはラゼール。ゴットファザーオブノイズ呼ばれる世界を代表するヒューマンビートボクサーで、この方のヒューマンビートボックスはもちろんスター性にも憧れるそうです。

ヒカキンがyoutubeを始めたきっかけ

youtubeを始めたのは2006年、ヒカキンはまだ17歳で高校生でした。
youtubeがまだ日本語に対応しておらず、『youtubeに動画を上げる方法』という本を買って勉強し動画をアップしました。初めてのyoutubeの動画にはビートボックスの動画をアップしており、自分のビートボックスを世界中の人に見てもらいコメントしてほしかったから始めたそうです。まさか高校生のころにyoutubeをアップしていたとは、さすがヒカキンですね。ビートボックスの動画がきっかけで将来、海外アーティストとコラボしたり、youtubeでお金を稼ぐようになるなんて、この当時はきっと思いもよらなかったですよね。人生、本当に何があるかわかりません。

ヒカキン上京後の下積み時代

学生時代は部活に明け暮れていたヒカキンなので銀行口座もなく、お年玉の2万円を握りしめ上京したそうです。当時就職したスーパーの社員寮に住み、寝る間をおしんでyoutubeに動画を投稿していました。

今でも倹約家で有名なヒカキンですがこの頃は、食費を相当節約していたそうで、スーパーで安くなった食パンを買い実家から持参したココアパウダーをかけ、むせながら食べていたそうです。
スーパーでの仕事は品出しや倉庫整理を担当していたヒカキンは毎朝お米やサラダ油など重い荷物を運ぶ重労働をしていました。そのお陰か今より15キロも痩せているので、まるで別人のようです。

上京して4年間スーパーで働きながら動画をアップする生活をしていました。広告収入のためにyoutubeにパートナー申請をしても却下され、いつかyoutube側からオファーされるようになってやる!!と決めたそうです。ビートボックスがやりたいという目的があり、とりあえず上京しよ!!と思い上京したそうですがヒカキンにもこのような下積み時代があったなんて驚きですね。

この当時のことを、おもしろく動画にしているので本人は苦労も苦労と思っていないのかもしれませんね。

ヒカキンの今、現在

たくさんの人を笑顔にしたいという夢をもったヒカキンですが、その夢は叶えられたんじゃないでしょうか。

2012年にはyoutubeの広告収入が会社員の給料をこえ、スーパーを退職し動画に専念。今では日本のトップユーチューバーになったヒカキンでした。これからの活躍がますます楽しみですね。